医師になりたくても経済的な事情で医学部は断念せざるを得ないという生徒が少なくありませんが、あきらめることはありません。
医師として社会に貢献したいという優秀な生徒を学費の面で応援する制度が数多くあります。
ここでは、日本学生支援機構の奨学金、私立大学医学部が独自に設けている奨学金、地方自治体の奨学金の3つの制度を紹介しています。
自分にとって最も有利な制度を利用するために基本的な知識を身につけておきましょう。
学費を応援する各種の制度
私立大学医学部の学費が飛び抜けて高いのは、実験用の施設・設備にコストがかかることや、医学部は履修科目が多いため教職員も多く人件費が高いことが大きな理由です。
そのようなことから「医学部で医師ひとり養成するのに5,000万~1億円かかる」といわれます。
医師養成にかかる経費は国公立大学も私立大学もほぼ同じですが、国公立大学は国からの運営交付金で経費の50~90%を賄っています。
私立大学も国から私学助成金を受けていますが、その額は国公立大学より低く、残りの経費は医学部生の学納金(学費)と保護者などからの寄付金で賄うことになります。
国公立大学医学部の学費は同じ大学の他学部とほぼ同額の約350万円(6年間)。
それに対し私立大学医学部は平均3,500万円(同)です。一番高いのは川崎医科大学(岡山県)の4,450万円、一番安いのは国際医療福祉大学(千葉県)の1,850万円。
一番安くて国公立大学医学部の約5倍です。
それなら国公立大の医学部を目指せばいいと思うかもしれませんが、地方の創立間もない公立大学でも医学部は地元や近県の優秀な生徒が狙うため難易度は高く、超難関であることに変わりありません。
こうした厳しい現状のため、医師を志しても経済的な壁が高くて医学部をあきらめざるを得ないという生徒がいます。
しかし、成績優秀で医師としての資質も備わっている生徒を救済するための措置として、各種の奨学金制度が設けられています。
奨学金には、利子がつくものや無利子のもの、返済を免除されるものなど、いろいろなタイプがあります。
学費が比較的安い私大の医学部に合格して奨学金をいくつか組み合わせることができれば、国公立大並みの学費に抑えることも可能になります。
近年は医師不足を解消するために地方自治体や病院が、返還免除を前提に奨学金を貸与するケースも増えていますから、それぞれの仕組みを知って上手に活用することをおすすめします。
次から代表的な奨学金制度について詳しく見ていきましょう。
日本学生支援機構の奨学金制度
独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)が運営する奨学金制度で、修学が困難な生徒を対象に学費を提供するものです。
「給付型奨学金」と「貸与型奨学金」の2種類があり、貸与型奨学金はさらに「第一種奨学金」と「第二種奨学金」に分けられます。
給付型奨学金(私立大学) | |
---|---|
給付額 | 選考基準 |
自宅通学生: 38,300円 |
住民税非課税世帯 (年収がおおむね270万円以下) |
自宅外通学生: 75,800円 |
本人に学修意欲があり、 優れた成績を修める見込みがある |
貸与型奨学金(私立大学) | |||
---|---|---|---|
タイプ | 貸与額 | 利子 | 貸与基準 |
第一種 | 自宅通学生: 54,000円 |
無利子 | •世帯年収が約840万円以下 •高校での成績が5段階評価で3.5以上 |
自宅外通学生: 64,000円 |
|||
第二種 | 自宅・自宅外を 問わず最大 160,000円 |
最大年3% | •世帯年収が約1,170万円以下 •高校での成績が平均以上 |
給付型と貸与型を併用することも可能ですが、貸与型は医学部卒業後に必ず返還しなければなりません。
借りられるからと多めに借りたりするのは後悔のもと。「奨学金は本当に必要な分だけ借りる」が鉄則です。
私立大学医学部の奨学金制度
医学部を目指す受験生が志望大学を選ぶ際に指標とするのが「医師国家試験の合格率」です。
大学側にすれば、医師国家試験の合格率が出願者集めに直結し、ひいては大学経営につながります。
そのため各大学医学部では、奨学金制度や特待生制度を設けて、医師の国試合格が見込める優秀な生徒を募ることに力を注いでいます。
大学には地方自治体の奨学金制度(次項で詳述)もありますが、ここでは私立大学医学部が独自に設けている奨学金制度を紹介します。
私立大学医学部の奨学金制度一覧
大学名 |
制度
|
特典
|
選考
|
人数
|
---|---|---|---|---|
岩手 医科大学 |
入学時 学納金減免制度 |
①初年度学納金300万円を減免 | 一般選抜成績 1位合格者 |
1名 |
②初年度学区納金200万円減免 | 同上2位合格者 | 1名 | ||
国際医療 福祉大学 |
医学部 特待奨学生制度 |
1年次に250円給付、入学金150万円を免除 | 成績優秀な合格者 | 50名 |
自治 医科大学 |
修学資金 貸与制度 |
入学金と学費全額を貸与。医師免許取得後、指定の医療機関で一定期間勤務した場合は返還を免除される | 一般選抜合格者 | 全員 |
獨協 医科大学 |
教育充実費減免 | 初年度の教育充実費を半額に減免する | 一般選抜 成績優秀者 |
若干名 |
埼玉 医科大学 |
医学部 特別奨学金 |
入学金350万円、2年~6年次まで授業料300万円/年貸与。医師免許取得後、埼玉医科大学に一定期間勤務した場合は返還を免除 | 一般選抜 (前期)合格者 |
5名 |
北里大学 | 特別待遇 奨学生制度 |
第1種:入学金、授業料、施設設備費及び教育充実費3,890万円納入免除 | 一般選抜合格者 | 若干名 |
第2種:入学金及び授業料の一部1,945万円納入免除 | ||||
杏林大学 | 学生納付金 一部免除 |
初年度:年間授業料、実験実習費、施設設備費の合計800万円を免除 | 一般選抜合格者 | 15名 |
2年次:前期授業料、実験実習費の合計200万円を免除 | ||||
慶応義塾 大学 |
学問の すすめ奨学金 (入学前申請) |
年額90万円給付(6年間)。初年度は入学金相当額(20万円を加算。 | 学業成績、 家計状況、 調査書に 基づいて選考 |
若干名 |
順天堂 大学 |
学費減免制度 | A特待生:2年間の授業料、施設設備費、教育実習費合計448万円免除 | 選抜試験で 学力試験及び 人物識見が 優秀な合格者 |
若干名 |
B特待生:初年度の授業料、施設設備費の合計90万円を免除 | ||||
昭和大学 | 特待制度 | 初年度授業料を免除 | 一般選抜合格者 | 75名 |
共通テスト利用選抜合格者 | 12名 | |||
東海大学 | 特別貸与 奨学金制度 |
年額200万円を6年間貸与。医師免許取得後、同大学付属病院で臨床研修を受け、その後同大学付属病で6年間勤務した場合は返還を免除 | 一般選抜合格者 | 5名 |
共通テスト 利用選抜 合格者 |
2名 | |||
東京 医科大学 |
授業料及び 教育充実費の 減免制度 |
初年度授業料と教育充実費の合計500万円を免除 | 一般選抜合格者 | 35名 |
共通テスト 利用選抜の 成績上位者 |
14名 | |||
東京 慈恵会 医科大学 |
特待生制度 | 初年度授業料を全額免除 | 一般選抜 成績上位者 |
5名 |
東京女子 医科大学 |
特待生制度 | 授業料280万円を4年次まで継続的に給付。入学後の学業が31位以下になった場合は打ち切り | 一般選抜の 上位合格者 |
5名 |
日本 医科大学 |
特待生制度 | 入学時の授業料250万円免除 | 一般選抜 前期成績上位者 |
30名 |
同上 後期成績上位者 |
10名 | |||
後期共通テスト 国語併用 |
3名 | |||
金沢 医科大学 |
特別奨学金 貸与制度 |
授業料相当額1,980万円(330万円×6年間)を貸与。卒業後同大学に通算5年間勤務した場合は返還を免除 | 一般選抜(前期) | 2名 |
指定地域推薦選抜 | 1名 | |||
藤田 医科大学 |
成績優秀者 奨学金制度 |
年間150万円を貸与(2年間)。成績によって貸与を継続する。医師免許取得後、同大学付属病院または指定の病院に勤務した場合は(上限5年)返還を免除 | 一般選抜 (後期)一般枠 |
5名 |
大阪 医科大学 |
入学時 特待生制度 |
施設拡充費、教育充実費(242万円)を減免 | 一般選抜(前期) 一次試験 合格者上位 |
100名 |
関西 医科大学 |
特待生制度 | 初年度授業料(前期)、実験実習費、施設設備費、教育充実費の全額350万円を免除 | 一般選抜(前期) 一次試験合格者 のうち成績優秀者 |
ー |
藤森民子賞 | 500万円贈呈 | 一般選抜(前期)の成績最優秀者 | 1名 | |
兵庫 医科大学 |
特待生制度 | 実験実習費、施設設備費、教育充実費相当額の計215万円を免除 | 一般選抜の 成績上位者 |
5名 |
久留米 大学 |
特待生制度 | 教育充実費を免除 | 一般選抜上位: 全額免除 |
1名 |
一般選抜上位: 半額免除 |
2名 | |||
産業 医科大学 |
修学資金 貸与制度 |
学生納入金の約3分の1を貸与。医師免許取得後、貸与を受けた期間の1.5倍の期間、企業の産業医等の職務に就けば返還を免除 | 一般選抜合格者 | 全員 |
地方自治体の医学部への貸与制度
都道府県や市区町村が運営する「地域医療医師奨学金制度」「医師修学資金貸付制度」などもあります。
これは、大学が医学部の選抜方式に地域枠(特定の地域や診療科で診療することを条件とした枠)を設け、地方自治体が学生に対して奨学金を貸与する仕組みになっています。
たとえば東京都の場合は、順天堂大学医学部、杏林大学医学部、東京慈恵会医科大学が地域枠を設けています。
東京都地域医療医師奨学金(特別貸与奨学金)
大学名 | 修学費 +生活費(6年間) |
人数 |
---|---|---|
順天堂大学 医学部 |
2,080万円+720万円= 2,800万円 |
10人 |
杏林大学 医学部 |
3,700万円+720万円= 4,420万円 |
10人 |
東京 慈恵会 医科大学 |
2,250万円+720万円= 2,970万円 |
5人 |
※医学部の地域枠については、志望大学または都道府県のHPで確認してください。
返還免除の要件
地域医療医師奨学金は、下記の要件を満たすことで返還を免除されます。つまり、全額返済不要となります。
- 医学部卒業後、2年以内に医師国家試験に合格すること
- 医師免許取得後、卒業した大学で初期臨床研修を開始すること
- 臨床研修終了後、小児医療、周産期医療、救急医療、へき地医療のいずれかの領域で、医師として東京都が指定する医療機関に奨学金貸与期間の1.5倍の期間、従事すること
地域枠を利用するときの注意点
医学部の地域枠選抜に合格すれば生活費も月額にして10万円もらえますから、アルバイトをしないで学修に専念することができます。
しかし、医学部を卒業後に何らかの事情で返還免除要件を満たせない場合は、「貸与を受けた奨学金に利息(年10%)を付した金額を返還すること」とされています。
返還免除要件の③は、地方自治体から指定された医療機関で、奨学金貸与期間の1.5倍の期間(貸与期間6年間とすれば1.5倍で9年間)働くことができないときは利息をつけて一括返還しなければならないということです。
就業する病院も期間も自分で選べない、俗にいう紐付きですから人によっては苦痛になることもあり得ます。
現に、医療設備の整わないへき地の診療所ではキャリアアップもままならないといった理由で、就業期間半ばで退職して多額の奨学金を返済するケースも少なくありません。
医学部に入学するときは救世主となる奨学金ですが、卒業した後はこうしたデメリットがあることを考慮して奨学金を選ぶことが大切です。
まとめ
ここまで医学部生が利用できる代表的な奨学金の概要を説明してきました。申込み条件や申請方法、返還方法などは奨学金の種類によって異なります。
奨学金の返還開始日は、日本学生支援機構の場合は「貸与が終了した月の翌月から数えて7か月目から」とされているので、医学部を3月卒業として10月から返していかなければなりません。
「まだ収入が低くて返せない」という状況に陥らないためにも、親ともよく話し合い、しっかりした返済計画を立てたうえで利用するようにしましょう。